なからなLife

geekに憧れと敬意を抱きながら、SE、ITコンサル、商品企画、事業企画、管理会計、総務・情シス、再び受託でDB屋さんと流浪する人のブログです。

コミュニケーションは、相手の土俵に乗る気持ちで

twitterでもボソっとつぶやいていたのですが、もうちょっと話を展開してみます。
Twitter / atsuizo: 戦うときは自分の土俵に引き込むのがセオリーかもしれないが、コ ...


争いごとのセオリーとして「相手の土俵に乗ったら負け、自分の土俵に引きずり込め」という言葉があります。
勝ち負けを決めるもの、そして、勝たなければいけないこと、については、これが基本であることに異議を唱える人は少ないと思います。
もちろん、相手の土俵に上がって更に勝つことを美学として持っている人もいるでしょうけど、それは「基本」ではないですね。


コミュニケーションの場合はどうでしょうか。
コミュニケーションに勝った負けたを持ち込む人もたまにいて、非常に手を焼くのですが、コミュニケーションの基本は相互理解、共通認識に基づいて、相互の目的を達成することです。(ディベートは勝つことが目的となってしまっているので個人的には嫌いですし、それこそ、相手の土俵に上がってしまったら負けでしょう。)


コミュニケーションの目的を果たすためには、双方が、相手の土俵に上がる気持ちで会話することが非常に大事だと思うわけです。

  • 相手の発言の意図は何か?
  • 相手の質問が、本当に期待している答えは何か?
  • 相手にその発言たらしめるその背景はなにか?
  • 私の発言は、相手の言葉では何に相当するか?
  • 私が聞きたいことは、相手の何に置き換えてイメージしてもらえば答えやすいか?


とある質問に対し、30秒でかいつまんで説明できるのに、3分かけて遠回りな説明をした挙句、的を外している、なんてことはしばしばあります。
質問する側も、自分の土俵から出ずに自分の言葉で質問をするため、質問の意図が相手に正確に伝わりません。
回答する側も、質問自体を正確に理解をしていない上に、自分の土俵から出ないで自分の言葉で話すため、相手に正確に伝わりません。
結果、双方の間に?がプカプカ浮いた状態になります。


?何かズレてる?


お互いが自分の土俵から出ていないので、何がずれているのかの把握自体に時間がかかることもしばしば。
あー、なんか理解してもらえてないなー、と思いながら、同じことを繰り返し話す。でも、やっぱり自分の土俵でしゃべっているから、まだ伝わらない。


自分の土俵から出ないで、自分の世界の言葉だけで会話をしていたら、いつまでたっても会話が成立しません。
会話が成立しないということは、自分の求めている情報が引き出せなかったり、自分の望みが相手に正確に伝わらなかったりするわけで、すべては自分に跳ね返ってきます。


コミュニケーションを円滑にし、会議等をスムーズに進めたいなら、相手の土俵にあがりましょう。
そのときは、スパイクやヒールはちゃんと脱いでね。