ゴールのないマラソン。
なにそればかじゃないの?
でも、似たようなことは行われているんじゃないでしょうか。
プロジェクトにて。
「システム完成しました。バンザーイ」
「で、売上どれくらいのびたの?コストどれくらい減ったの?」
「えっ」
(つづく・・・)
資料作成の依頼現場にて。
「Aのデータから過去半年の推移表資料作っておいて!」
「できました」
「Cのデータと比較しないと判断できないじゃないのー」
「えっ」*1
(つづく・・・)
目標管理制度ベースの評価にて。
「期初に立てた目標にたいしては、概ね達成できていると思います」
「キミの職位ではもう少し上を期待していたよ。よって減俸」
「えっ」
(つづく・・・)
マラソンには「42.195Kmの決められたルートを走り切ること」という明確な達成目標があり、それが誰の目にも明らかで、合意されています。
ですが、上記の例は、達成されるべき目標、どこまで何をしたら成功とするか、認識がズレていることがうかがえます。
達成目標とは、期待値のすりあわせの結果
期待する人と期待される人。仕事を頼む人と頼まれる人。
その間で取り交わされる、何をどこまでやることでOKとするか、の認識合わせ。
そうして共有されたものが、明確な目標となります。
これが共有されず、お互いに一方的に「ここまでやってほしい」「言われた範囲はここまでだし、それ以上はわからない」って思っているだけでは、ゴールのない、あるいは、ゴールがわからないマラソンに挑むようなもの。
倒れるまで走り続ける。倒れる前に辞める。そのどっちかになりがち。*2
これをもってなお、この共有認識を反故にする人もいるわけですがね。
また、明確なゴールを定めると、後々都合悪いと思って、あやふやにしたままにする人もいるわけですがね。