何かを決意すると、雄弁になる
なんでだろう。
例えば、ブロガー名物「退職エントリー」なんかもそう。
退職の経緯、そこまでの区切り・総決算的なの説明もあるけど、「次、この先、どうしたいか」の決意表明の意味合いも大きい。
別に退職じゃなくても、「アレしたい、コレしたい、やるんだ!」って決めると、色々なものが沸き上がってきて、それを表現せずにはいられない。
ブログやツイッターやってるひとは、そういうところに吐き出すし、そうしたものをやってなくても、身近な人に伝えたくなる。
伝えると、すっきりする。
相手がどう受け取ったかわからない、場合によっては「何言ってんだこいつ」って思っていることもあるし、それが全く反応として見えなかったとしても、なぜか、すっきりする。
相手が、快く受け取ってくれたら、もっとすっきりする。そして、その決意に向けた行動が加速する。
目的意識の高まりが、知識欲求を高める
何か決意をすると、ソレに向かって、あれこれ考える。
足りないものに気づく。
ソレについてもっと知りたくなる。
あれもこれも。
そうして増えた知識を、やっぱりどこかで表現したくなる。
また、わからなかったことを表明することで、誰かからその答えや手がかりをもらえたりする。
そして、次の行動をどうするかの、新しい決意が生まれる。
意図的に回す
「決意」「表明」「行動」のというサイクル。
「有言実行」を上手くこなしている人って、言ったことすべてをそつなくこなしているんじゃなくて、こうしたプロセスを上手く回すことで、結果を残してきているんじゃないか。
これを、意図的に回すと、物事が加速するんじゃないか。
寡黙に、そしていつの間にか実現している、という美意識の世界もある。
下手に表明して、ひとり歩きしてとんでもない方向に向かってしまって手に負えないこともある。
表明したものの、その通りにしなかったり、ちょっと手を付けて最後まで着地させないなんてことを繰り返して、「また言ってるよこいつ」って展開にもなる。
もうちょっと話をまとめてプランに落としこんでから話をしろよ、って展開もある。
その辺はバランスなんだろうな。